50年ほど前、米国に帰化した旧姓城田大策氏(現在はダニー・シロタ)は、東部の名門大学大学院を卒業した後、情報機関に長く勤めた。文化交流の会社を経営しながら世界中を飛び回っている。あいさつ代わりに「トランプには参るね」と尋ねると、「彼の評価は世界中で共通だよ。時代の生んだ悪夢だな」。
ダニーの米国内活動拠点はシカゴとワシントン、 ニューヨークである。「国内のどこでも町の雰囲気は最悪だ。トランプ云々という以前の問題として、白人の失われた30年へのルサンチマンが充満している」。
さらに、合成麻薬フェンタニルが社会をむしばんでいるという。「例えばサンフランシスコの街中だ。ラリッてふらふらしている人たちがそこら中にいるんだ」。米国ではフェンタニル原料の99%が中国由来といわれ、反中感情は日本人の想像をはるかに超えるそうだ。
落剥した白人米国人のルサンチマンについては、トランプの片腕、J・D・バンス副大統領の自伝『ヒルビリー・エレジー』に詳しい。ラストベルトに隣接するアパラチアの貧困な白人移民の末裔の、貧しく悲惨で暴力的な生活を活写し、全米で300万部のベストセラーとなった。母親を侮辱した相手を殴り倒したうえ、チェーンソーで大けがを負わせたり、息子に意地悪をした店員を締め上げ、店内のおもちゃをすべて叩き壊したり、「議論なんかするより撃ち殺してしまえ」と言い放つ祖母がいたり、ほとんど犯罪行為や理性の欠片もない暴言にあふれる。『ワイルド・ワイルド・ウエスト』そのままだ。
彼らは急成長したアジアの国々を恨む。貧弱な体の黄色い連中が、自分たちを踏み台にしてのさばっている、という感覚は理屈ではない。その矛先は当初は日本に、現在は圧倒的に中国に向けられている。
そんな出自を売りにしたバンスを重用しているトランプだ。ソ連解体の立役者として多くの米国人がたたえたゴルバチョフを、ダメな弱者と切り捨てた。天安門事件も心底では、大衆を武力で押さえつける政権に共感していた。トランプの思考は、議論するより撃ち殺せ、に近い。理想型は暴君、独裁者にある。
「強いアメリカ」の標語のもとに朝令暮改の政策と国際調和と真逆の態度には世界中が混乱と不安に陥っており、とりわけ日本にとって頭が痛い。かつての米国通商代表部の傲岸で一方的なやり口が何倍も増幅されたような状況下で、政府も企業も対応に頭を抱える。相手が理屈ではなく、感情論、それも根深いルサンチマンによっているだけに、まともな話ができない。
そこで大きなテーマとなるのが中国との向き合い方である。この国はこの国で難しい。いわゆる歴史問題が執拗に蒸し返され、政府レベルの関係はこじれている。お互いの国民感情も悪い。