第97回アカデミー賞で最優秀長編アニメーション賞にノミネートされた「かたつむりのメモワール」(オーストラリア)が6月27日からTOHOシネマズシャンテなどで全国公開される。1970年代の豪州を舞台に、引っ込み思案で周囲からのいじめに遭う女性主人公、グレースや、同性愛者や障害者らが登場する。映画で彼らを受け入れようとしない人物たちは、DEI(多様性、公平性、包括性)について「悪平等」だと批判するトランプ米政権の姿に重なる。実際、脚本も手掛けたアダム・エリオット監督は、トランプ政権の行方に大きな懸念を持っているという。
映画は製作に8年をかけた。エリオット監督は「この映画はすべて紙、粘土、針金、塗料の4つから成り立っている」と語る。小道具を7千個もつくり、13万5千にも及ぶカットをつなぎ合わせたストップモーション・アニメだ。監督は「多様な人物を描きたかった」という。グレースの父はアルコール中毒者で車椅子を使う障害者。弟は同性愛者、離婚する夫は異常性愛者だ。映画のアイコンに使われているカタツムリは、様々な悩みを抱えた人々が求める、外界との緩衝材や盾を象徴しているという。
トランプ氏が米大統領選で勝利した昨年11月当時、エリオット監督は半年間の米国滞在中だったという。トランプ大統領は1月20日の就任演説で「今日から、性別についての米国の公式方針は、男性と女性の二つだけだ」と語った。米軍が進めていたDEIを尊重する政策も否定している。監督は「米国は自由がすべての国なのに、本当に壊滅的なことが起きている。米国を離れたいと思っている人もいる」と語る。
監督の出身地の豪州も、この映画の時代設定の1970年代までは白人を優先する白豪主義だった。監督は「白豪主義の時代は、あちこちで人種差別が行われていたが、今では、非常に多文化になった。私の友人かその両親のほとんどは海外生まれだ」と語る。最近の豪州では、中国による内政干渉問題を発端に豪州に住む中国からの移民や留学生に対する視線が厳しくなっている。最近のイスラエル・パレスチナ紛争を巡っては、豪州でも「反ユダヤ主義」を唱える声が上がり、抗議や衝突も生まれている。それでも、エリオット監督は「仲間の人間に親切に接し、自分がされたいことと全く同じように他人に接したい」と話す。
監督は米国滞在中の体験として「(政治的な対立が激しさを増しているため)米国人はいつも何かに怒っているように見えた」と話す。「解決策が何なのかはわからないが、詩や音楽は、尊敬や優しさの大切さをみんなに伝えるための良いツール」とも語る。「トランプ氏はハリウッドを愛しているが、本当はバカげたアクション映画しか好きではないんだろう」。トランプ政権は今月、イランを攻撃した。トランプ氏は23日、SNSでイランとイスラエルの停戦合意について発表したが、それまでにイランについて「無条件降伏」「体制転換」などの言葉を次々に使った。
映画は、人生について「愚かなパズル」「美しいタペストリー」という異なるセリフを紹介している。エリオット監督は「カタツムリは前進しかできない。人生も前にしか進めない」と語る。茶色を多く使ったように、映画は暗いエピソードが多いが、最後はハッピーエンドが待っている。エリオット監督は「日本の方々も、悲しみの涙ではなく幸せの涙で泣いてほしい」と語った。トランプ氏こそ、この映画を本当にみるべき人物なのかもしれない。
