マーケティング

2025.07.14 07:45

消費者が「心が動く」体験にお金を払う意味 心を掴むビジネス戦略

Getty Images

Getty Images

泣ける映画、感動的な小説、SNSの「泣ける話まとめ」――。人は「悲しみ」に惹かれるだけなら、流れてきた映像や物語に、ふと目を留めるくらいで済むはずですが、わたしたちは「進んでそれを体験しにいく」。実は、「感情の動き」こそが、映画や本だけでなく、商品やサービスの価値そのものにもなっているのです。

アート、広告、映画など「人の心を揺さぶる体験」を、心理学と神経科学を用いて分析してきた石津智大さんの著書『泣ける消費 人はモノではなく「感情」を買っている』(サンマーク出版)から、一部引用・再編集してご紹介します。


感情は「混ざって」作られる

わたしたちは「感情は喜怒哀楽の4つ」と思いがちですが、これは東アジア特有の分類で、欧米では「基本六情動」と呼ばれる分類が一般的です。

心理学者ポール・エックマンは、「喜び」「怒り」「悲しみ」「恐怖」「嫌悪」「驚愕」の6つが人類共通の基本感情であると提唱しました。

けれど実際には、「驚愕」の表情が文化によって違って見えたり、「恐怖」と「嫌悪」の境界が曖昧だったりと、必ずしも六情動で割り切れるわけではありません。

感情というのは文化や文脈によって多様に変化し、一人の人間の中でも混ざり合い、揺れ動くものなのです。

このような複雑さを捉えるために登場したのが、近年注目されている心理学の考え方、「構成論的感情理論」です。

この理論によれば、わたしたちの感情はあらかじめ決まった型が存在しているわけではなく、その都度、身体の状態や状況から作り出されている(構成されている)というのです。

たとえば、「吊り橋効果」という有名な心理学の実験があります。

グラグラ揺れている吊り橋を歩いていて、向こうから魅力的な人が歩いてくる。その人を好きになるかどうかを調べるという実験です。結論は、好きになる人が多い。

その理由は、吊り橋がグラグラ揺れていて、恐怖を感じて心臓がドキドキする。そのドキドキ感が、グラグラ揺れている吊り橋に帰属するのではなく、向こうから歩いてくる魅力的な異性に誤って帰属してしまうから。つまりその人と会うとドキドキするから「好きなのかも」みたいな勘違いをしてしまうというのが、俗に言う「吊り橋効果」です。

人間が感情を抱くときは、まずこんなふうに「胸がドキドキしている」という現象が先にあり、それにどうやってフレーバーをつけるかによって感情は変わります。

もし怖い上司から怒られているときにドキドキしていたら「恐怖」とか「ムカつく」と解釈するでしょう。でも魅力的な人を前にして自分がドキドキしていたら、自分がその人に好意を持っているかもしれないというフレーバーをつける。ということは、本当は人間には質的に区切られるような感情は存在せず、存在するのは体の反応だけなのだとすら言われています。

次ページ > 「悲しいから泣く」のではなく、「心が揺れ動いたから涙が出る」

文=石津智大/関西大学文学部心理学専修教授

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事