世界を見渡せば、クラフトジンのブームは、もはや「ブーム」という言葉では片付けられない現象になっている。直近10年でグローバル市場は約2倍、日本国内でも2019年比で約3.5倍の250億円市場へと急成長を遂げている。この潮流の中で、サントリーが大阪工場に65億円という巨額投資を決断した。「なぜジンなのか?」この問いに対する答えは、実はサントリーの創業時から続く一本の糸にたどり着く。
なぜ今、ジンなのか? サントリーの「洋酒文化」への原点回帰
サントリーといえばウイスキーのイメージが強いかもしれないが、実はジンづくりの歴史は長い。1936年、国産ジン「ヘルメスドライジン」を発売し、日本の洋酒文化の黎明期を牽引してきた企業でもある。「日本人の味覚に合う洋酒をつくり、洋酒文化を切り拓きたい」という当時の志は、現在「世界中で楽しまれる日本のジンをつくり広めたい」へと進化した。
今のサントリーが誇る2大ジンブランド、サントリージャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」とサントリージン「翠(SUI)」には、この思想が色濃く反映されている。ROKUは桜花、煎茶、山椒など日本の四季を象徴する6種の和素材を使用し、約60カ国で展開される世界第2位のプレミアムジンブランドへと成長。一方の翠は、居酒屋や自宅での食中酒という新たなジンの可能性を提案し、国内トップブランドの地位を築いた。
国内ジン市場は250億円規模へ成長
市場の変化を数字で追うと、その劇的さに驚かされる。2024年、国内ジン市場は250億円規模に到達した。サントリーは2030年には450億円への拡大を目標に掲げているが、この強気の数字設定にも根拠がある。20代のジン飲用率は60代の3倍以上。20代の4人に1人がジンソーダ缶を飲んだ経験を持つという調査結果を見れば、若い世代の心までも確実に掴んでいることが分かる。「ジンソーダ缶発売による日常での接点拡大、コロナ禍後の飲食店での取り扱い増加も起爆剤になった」と、同社のリキュール・スピリッツ部部長の新関祥子氏は語る。
加えて国内のジン製造場は140カ所以上と、ウイスキー蒸溜所数を上回る勢いだ。この背景には、ジンという酒類の持つ「自由さ」がある。「ジュニパーベリーを使用したアルコール37.5度以上のお酒」以外に厳格な制約がなく、熟成を待つ必要もない。造り手の個性を存分に表現できる懐の深さと、アイディアが形になるまでの時間の短さが、多くの造り手を魅了してやまないのだろう。