ある美術館を大きく変えたアートコレクターの「寄贈モデル」

小谷元彦 《Hollow:Pianist/Rondo》2009年 太田正樹氏寄贈 静岡県立美術館蔵(撮影:木奥惠三)

小谷元彦 《Hollow:Pianist/Rondo》2009年 太田正樹氏寄贈 静岡県立美術館蔵(撮影:木奥惠三)

2025年3月、美術館の持続可能な運営モデルを議論するシンポジウムで、静岡県立美術館の事例が紹介された。

同館の所蔵コレクションは2800点強、そのうち約半数が購入したもので、残りは寄贈されたもの。その1割弱を、ひとりの個人による寄贈が占めている。静岡市(旧清水区)に生まれ、早稲田大学で長く教授を務めた故・太田正樹。退職後に地元に戻った04年、「収集している作品を見てほしい」と館に連絡があったという。

以来22年に亡くなるまで当人と交流した学芸員の川谷承子によれば、「最初に家に飾る絵を求めて買われたのが、日本の抽象画の開拓者、山口長男の作品。それから当時山口と同じ東京画廊で発表していた李禹煥を集められた」。今や億の値もつく李禹煥の作品が中核をなす、目の高い作品群だったという。

それらを美術館へ貸し出し、展示されるようになると、新たに購入する作品の方向性が変わっていった。「地域の皆さんに見せられる機会を得て、より大きな作品、美術館のコレクションを補完するようなものを買われるようになった」と川谷。

08年以降、毎年数点の寄贈を受けるなか、一緒にギャラリーを訪れることもあったという。刻々と変化する現代アートシーンだが、美術館が即時に新しい作家、作品を購入するのは難しい。それが寄贈により充実していった。

「ある作品があることで、その作家の個展を開催できたり、同年代の作品が集まってきたり。美術館に新しい枝葉をもたらしてくれる」。村上隆や宮島達男、アニッシュ・カプーア……計106点の寄贈のなかでも、川谷は小谷元彦の作品寄贈が、2011年に「小谷元彦展 幽体の知覚」展につながるなど、美術館活動への影響が大きかったと振り返る。

19年の調査によれば、全国の美術館の約6割が購入予算をもたない。静岡県立美術館も「06年から激減し、現在は年100万円程度。そのタイミングで太田さんとご縁があり、非常にありがたかった」という。

美術品の寄贈に関して、相続や遺品整理といった話はよく聞くが、美術館を支えるような共存共栄型は珍しい。時代の変化とともに、地域やコレクターとどのような関係が生まれていくか。さまざまなあり方、またその発信に期待したい。

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