米大手メドテック(医療機器)カンパニー・ストライカーの日本法人である日本ストライカーは今年4月1日に本社を拡張移転した。そこにはどのような思いと狙いがあるのか―。
来客を迎えるエントランスの円形カウンターの真上には、同心円状にらせん状のオブジェが渦を巻いている。そしてその渦は、すぐ上の階のフロアの天井にも続いていく。あたかも上昇気流のように―。
このふたつのフロアは、デザインコンセプトである「Upward spiral」を具現化した日本ストライカーの新オフィスだ。同社代表取締役社長の水澤聡(写真。以下、水澤)が語る。
「社員はもちろん、医療従事者やビジネスパートナーとのコミュニケーションやコラボレーションを促進しながらビジネス成長を続け、“日本の医療の未来を生み出す場”でありたい、という願いを込めています」
水澤は、2021年4月に社長に就任し、強力なリーダーシップで同社を成長軌道へと導いてきた。ここに至るまでには、組織改革の布石があったと水澤は振り返る。
「私は14年に人事部門の責任者として入社し、組織やカルチャーの改革に取り組みました。人口減少で高齢化が急速に進むなか、ヘルスケア業界は統合・合併が多く見られ、ロボットなどの新しい技術もどんどん生まれている。私たち自身も変化が必要でした。そのために必要な、変化を恐れないカルチャーを醸成しました」
日本ストライカーは、業界にも変化をもたらしてきた。主力製品のロボティックアーム人工関節手術支援システム「Mako(メイコー)*」は、その最たる例だ。
「私たちは、変化を推進し医療の向上に貢献する企業であることを自らに課しています。日本の整形外科領域でいち早くロボティックシステムを販売したのが、私たちです。今や多くの病院に導入が進み、人工関節手術の常識を変えてきました」
医療現場のニーズに応えた製品も多い。急病人を安全に救急搬送するだけでなく、救急隊員の身体的負荷軽減に寄与する「電動ストレッチャーシステム」、外科手術において有害物質を含む“サージカルスモーク”を除去し、廃液処理の労務負荷軽減を狙った「排煙廃液システム」、さらに単回使用医療機器の再製造を通じた医療廃棄物削減や資源の有効活用など、日本の医療現場に変革をもたらしている。

部門を越えて連携する「One Stryker」。オフィスはより“体験型”に
水澤は社長に就任してからも、組織に変化を求めた。まず着手したのが、5年後にどうなりたいかという目標を反映した日本独自の中期経営計画の策定だった。
「人も組織も将来のビジョンや目標を掲げ、戦略を練り、チームで邁進することがとても重要です。新製品を戦略的に日本市場で投入するためのローンチ・エクセレンスや、日本において製品を安定供給するためのサプライチェーン・イノベーション、コーポレート・ブランディングの増強など5つの柱を基礎に、常時100人以上の社員が30以上のプロジェクトを主体的に率いています」
変革を実行するにあたって水澤がこだわったのは、部門の垣根を越えて連携する「One Stryker」の取り組みだ。
「例えば、サプライチェーンは、物流部門だけで取り組めるものではありません。お客様の声に耳を傾けなければ地に足のついた戦略にならないので、営業部門もかかわる必要がある。改革を推進するためには、多様な視点が不可欠です」
水澤の戦略は奏功し、日本ストライカーは中期経営計画の策定以降、力強い成長軌道へと変化を遂げている。
「日本の医療機器市場の成長率は3%程度と推計されていますが、私たちはその何倍もの成長率を実現してきました。今年の第1四半期も過去最高の成長率です」
救急から診断、治療計画、手術、そして術後の回復支援までの一連のペイシェントジャーニーをカバーする幅広い製品展開がストライカーの強みといえるが、新オフィスでは、それらをエントランスに隣接したショールームに展示し、体験することができる。さらには製品の使い方を医療従事者に学んでもらうためのワークショップルームやグローバル会議対応の会議室なども完備した。
「日本の医療に貢献するというミッションのためには、もっと医療従事者の皆様にオフィスに来ていただきたいと考えています。専門領域に限定せずさまざまな製品に触れていただき、日本の医療現場のニーズや知見をうかがうことが、次のイノベーションのヒントにつながるからです」
社員それぞれに「リーダーシップ」を。海外知見も積極的に取り込む
Upward spiralを加速させるためには外部を巻き込む力をもった社員の育成も重要だ。水澤は人事領域での経験が長いだけに、人材育成にも力を入れる。
「医療従事者の皆様から信頼される人材が育たなければ、強い会社になれません。イノベーティブな製品であっても、どのように医療の現場に貢献し、患者様のQOL向上に役立つのかをしっかりとお伝えできなければ、魅力を感じてもらえません。医療従事者との対話ができる人材なしには、ビジネスが成り立たないのです」
こうした高度な人材に対して水澤が求めるのは、リーダーシップだ。
「リーダーシップは、部下をもつリーダーだけではなく、いち営業パーソンにも必要です。大型案件を自分だけの力で進めることは難しいので、戦略を考え、上司や事業本部長、マーケティングチームなどを自ら戦略に巻き込んでいく。営業先でも、医療従事者だけでなく、病院経営者や用度担当者とも円滑なコミュニケーションを図っていく。そのように目標を達成するための環境やチームをつくることも、リーダーシップなのです。約1,200人の社員がこうして自ら目標やビジョンを設定して結果を出し続け、また新たな挑戦をする。その好循環こそが、当社の強みです」
さらに水澤は、「グローバル・アサインメント・プログラム」を立ち上げ、海外拠点との人材交流も促進してきた。
「多くの新製品を日本に浸透させていくためには、開発主体のある米国本社ともっと連携するべきだと考えたからです。これまでも海外への転籍の実績はありましたが、対象社員の裾野を広げ、数カ月の滞在を通じて米国でのアップストリーム・マーケティングなどを経験し、社員同士のネットワークを構築できるプログラムです。米国本社の開発部門に日本の声を伝えながら、日本にその知見をもち帰り製品発売時に生かすことができるのです。今年からは米国やアジアパシフィックの社員を日本で数カ月受け入れるプログラムも始め、人材交流が加速しています」
こうした施策や考え方による効果は、自社内のエンゲージメント調査に表れており、ここ数年は最高スコアを更新している。
現中期経営計画は26年に最終年度となるが、水澤は「これで終わりではなく、そこからが新たなスタート」と次を見据える。
「メドテック業界のリーディングカンパニーとして、当社のミッションに共感し、主体的に行動する意欲をもった仲間と共に未来を切り拓き、幅広い疾患領域で日本の医療の向上に貢献を続けていきます」
* 特定保守管理医療機器/一般的名称「手術用ロボット手術ユニット」/販売名「Makoシステム」/医療機器承認番号(22900BZX00325000)
日本ストライカー
https://www.stryker.com/jp/ja/index.html
みずさわ・さとし ◎日本ストライカー代表取締役社長。2002年、三洋電機に入社し、本社総務・人事グループでキャリアを積む。05年、General Electric Internationalに入社し、GEヘルスケア・ジャパンで人事マネジャーを務める。その後、アボットジャパンで人事役職を歴任し、14年、日本ストライカーに人事本部長として入社。メドサージ事業統括本部長などを経て21年4月より現職。