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2024.02.29 14:45

「貿易赤字1.8兆円」のメドテック。それでも日本が世界で勝てる理由

Forbes JAPAN編集部
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市場の小さい新興国をどう戦うか

そして11月初旬、審査員による審査会が行われた。浮かび上がってきた課題は、新興国市場への展開ハードルだ。

今回、候補企業のなかには新興国に展開を進める企業が複数あった。「先進国ではどこも同じような食生活や生活習慣になるため、医療ニーズも似てくる」と中尾は言うが、転じて新興国では、国によって医療インフラの整備状況や必要な医療サービスが異なる。そのため、事業を横展開し、スケールアップすることが先進国に比べて困難だ。

また、製品が高額であれば医療機関が購入できず、遠隔医療を展開する場合でも、インターネット環境が未整備であれば難しい。新興国マーケットはそもそも小さいのだ。そのぶん、新興国に挑戦するのは社会的意義としては高い。最近は医療に限らず、経済的リターンと社会性両立を目指す「インパクトスタートアップ」が増えている。だが、黒字化に至らないという声はよく聞くことで、中尾も「社会性のある医療企業をどう支援するかは頻繁に議論される」と話す。

自社でできる工夫はどのようなものがあるのか。審査員からは次のようなことが挙げられた。まずは価格を下げることだ。「製品を100点の状態でなく、機能を落として価格を抑えるべき。走るという目的だけなら、ロールス・ロイスじゃなくてゴルフカートでもいいわけです」(中尾)。またサブスクリプションとして提供することで、導入ハードルを下げるというやり方も新興国には合うという。さらに「価格を下げるのに連動するかたちで『一家に一台』という一般家庭への普及を目指すことが、新興国で事業を成長させるうえで必要な戦略では」(上村)という示唆もあった。候補企業のなかには、ネット環境が悪くても利用できるよう、3G回線で対応できるシステムを構築している会社もあった。
OUI Incが開発する、スマートフォンに装着して白内障などの眼科疾患を診断できる医療機器。

OUI Incが開発する、スマートフォンに装着して白内障などの眼科疾患を診断できる医療機器。

新興国への展開という点では、今回、OUIという慶應義塾大学医学部発のスタートアップが「新規性」の部門でアワードを受賞した。同社は、スマートフォンに装着することで目の観察を行い、白内障などの眼科疾患を診断できる医療機器を開発している。展開地域は東南アジアを中心とした30カ国。スマホで診察したデータはクラウド上に保存され、眼科医のいない医療過疎地域にも、遠隔から眼科医が診察を届けられる仕組みだ。
OUI Incのチーム。創業者CEOで眼科医でもある清水映輔(左)と、COOの中山慎太郎。

OUI Incのチーム。創業者CEOで眼科医でもある清水映輔(左)と、COOの中山慎太郎。

価格は一台19万8000円(税込み)と「一家に一台」は難しいが、代表の清水映輔は「必要以上に機能をあげないようにしたことで、価格は既存の医療機器の20分の1ほどになっている」と話す。一部サブスク型での機器提供もしており、まさに審査員から挙がった戦略を実践している企業だ。白内障は手術をすれば治る病気でもあるため、医師が少ない新興国の地域などに普及することは社会的意義も高い。OUIは、日本国内の医療機関にも機器を販売しており、国内で得た収益を新興国に投じていくというかたちで事業を構築している。

今回、審査員に「最近の医療スタートアップの成功例」と言わしめたのが、グランプリに輝いた朝日サージカルロボティクスだ。同社は、腹腔鏡手術支援ロボット「ANSUR(アンサー)」を開発している。例えば、医師が臓器をもち上げる仕草をすると、ロボットのアームがそれに従って動く。ロボットが助手になるのだ。

最高開発責任者の安藤岳洋

最高開発責任者の安藤岳洋手術ロボ「ANSUR」操作のデモンストレーション

手術ロボ「ANSUR」操作のデモンストレーション

同社は、国立がん研究センター発のスタートアップとして始まった。同センター東病院副院長の伊藤雅昭らが15年にA-Tractionを創業し、その後21年に朝日インテックによって完全子会社化。現在の社名に変更された。23年2月には医療機器承認を取得し、11月には販売を開始した。
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文=露原直人 写真=佐々木康

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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