食&酒

2023.12.21 18:00

生き残り競争が激化 2024年の「ガチ中華」の新しいシーンを予測する

稲垣 伸寿
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日本移民ブームと「ガチ中華」

中国人向けの日本語学校や予備校が多いことで知られる高田馬場には、中国現地で流行している食のトレンドが持ち込まれやすく、これまで日本にはなかった若者向けのカジュアルな「ガチ中華」が多いことは、数年前に本コラムでも紹介した。

高田馬場の日本語学校のビル1階にある中国のフライドチキンチェーン「正新鶏排」は2023年5月のオープン

高田馬場の日本語学校のビル1階にある中国のフライドチキンチェーン「正新鶏排」は2023年5月のオープン

これまで筆者は、何度かテレビの取材にも協力したのだが、そこでよく取り上げられるのは「ガチ中華と中国の若者」というテーマで、その舞台となるのが高田馬場なのである。

だが、放送された番組を見ると、少々物足りない。それは、店で提供される「ガチ中華」の特色やその奥深さを突っ込んで紹介することは避け、来店している中国の留学生たちの姿にフォーカスしてしまうことが多いからだ。

そのような番組では、過熱する学歴社会と若者の就職難という今日の中国の矛盾した経済社会的な背景から、いわゆる「日本移民潮(日本移民ブーム)」が起きていると説明されている。このことがすべての理由とも言えないが、彼らが新たな顧客に加わったことで、日本に「ガチ中華」が増えたのは確かである。

もっとも、今日の「ガチ中華」急増には、提供する側の事情もあるわけで、そのことには日本のメディアはあまり触れたがらないようだ。筆者は番組のディレクターたちに、何度か次のような話をしたことがある。

「今回の番組は誰が顧客であるかという観点からその真相を探ったものだったけれど、もう一方の当事者である提供する側は誰か、どんな料理を出しているのかという観点から取材すると、さらにいろんなことが見えてくるはず」

なぜなら、それらを深堀りしていくと、「ガチ中華」という中国語圏各地の豊かな食文化の広がりと、同じことが世界各地で起きているというワールドワイドな共時性を体現した料理であること。それがこれほど身近な場所に多数存在していることへの驚きがあるからだ。またその出現は、実のところ、ここ数年の話ではなく、1980年代の改革開放以降の中国人の大量出国から始まるという歴史性にも気づくだろう。

埼玉県の西川口も訪ねた。近所の公団住宅などに住む中国系の人たちが多いことから、サンダル履きで地元の人たちが「ガチ中華」を楽しむ町と、筆者は西川口を紹介することが多い。

JR西川口駅前の「蓬莱軒」では、豚骨やローストダック、中華風揚げパンの油条など、通勤帰りにも買えるガチな中華総菜を販売している

JR西川口駅前の「蓬莱軒」では、豚骨やローストダック、中華風揚げパンの油条など、通勤帰りにも買えるガチな中華総菜を販売している

JRの駅と連結しているショッピングセンターに「蓬莱軒」という現地風の小吃(ファストフード)や総菜を売る店があり、西川口が「ガチ中華」の町であることが感じられる。

歩いていてすぐに気づいたのは、ここでも閉店や休業している店が目立ったことだ。以前から「ガチ中華」の店が多かった西川口では、コロナ禍の一時期に店が増えたものの、数の上では元に戻った印象だ。要するに、住民数に見合った適正数になったということではないだろうか。

西川口では駅の西口方面に「ガチ中華」の店が集中。上海で流行している海鮮蒸し料理の「食彩雲南」が人気店だ

西川口では駅の西口方面に「ガチ中華」の店が集中。上海で流行している海鮮蒸し料理の「食彩雲南」が人気店だ

最近、思うのだが、このようにコロナ禍に「ガチ中華」がこれほど増えた理由を考えるうえでのもうひとつの観点として、日本に住む中国語圏の人たちの集団心理、すなわち彼らが母国に自由に帰れないことから、故郷の味を求める気持ちがより強くなり、それをオーナーたちが商機と捉え、ニーズに応えたことがあったのではないか。

つまり、ここ数年の「ガチ中華」の隆盛は、こうした移民社会内部での顧客と提供する側双方だけが通じ合える、コロナ禍に生まれた不安や閉塞感が呼応し、ある種の熱気となって生まれたようにも思えてくるのだ。

日常が戻り、いつでも帰国できると思えば、その熱気も薄れ、彼ら自身も以前ほどガチな味に執着することもなくなったのかもしれない。そのせいか火鍋店をはじめ、特色が乏しく古臭い、また中国人の客しか訪れることのない店から閉店しているというある種の新陳代謝が起きている印象もある。

さらに宴会主体の大型店も経営はきびしそうだ。それは本国でも同様だと聞く。
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文=中村正人、写真=中村正人、中原美波

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